カンボジアの結婚式

 プノンペン市内を流れるトンレサップ川は、アジア有数の大河メコンと、カンポジア殻倉地帯の中心であるトンレサップ湖とを結ぶ、カンポジア水上交通の大動脈である。南シナ海からやってくる船はメコン河をさかのぼり、この川を通ってプノンペンに到着する。またプノンペンからは、さらに上流にトンレサップ湖を抜け、アンコール遺跡のあるシェムリアップまで連絡船の便がある。

 二年前の三月に、トンレサップ川を調査したときのことである。同僚の谷川さんとカンポジア人のラオ博士の三人で川岸へ出てみると、さすがに交通の要所だけあつて桟橋にはたくさんの船が浮かんでいた。小さな木の舟もあれば大きな遊覧船もある。その中で調査に手ごろな大きさの遊覧船をチヤーターしさっそく川へと出ていった。雨期には茶色い濁流の川も今は乾期とあつて薄緑色に澄んだ水が穏やかに流れていた。

 船を少し走らせ調査を始めようとしたところ、近くからご飯の炊けるにおいが漂ってきた。不思議にに思ってうす暗い船室をのぞくと、そこには船長の妻らしい女性がいていろりに掛かったなべからは盛んに湯気が上がっている。さらに目をこらすと、彼女のそばには小さな子供たちが遊んでいるし、壁に掛かったハンモツクには赤ん坊がすやすやと眠っているではないか。どうやらこの遊覧船は船長一家の住居ともなつているらしい。この自分と他人とを区別しないおおらかさが、カンポジア人のよさである。父親の手伝いをする小さな男の子に話し掛けるうち、この家族とすっかり仲良しになってしまつた。そして彼らの協力もあって調査を予定どおりに済ませることができた。

 調査を終えて陸に上がったら、そこで地元の結婚式に遭遇した。式場前のテントには大なべに盛られたごちそうがずらりと並ぴ、通りがかりの人々にも振る舞われている。近づいて写真を撮ろうとしたら、新郎の両親にいきなり式場に招き入れられ新郎側の親族と肩を並べて座らされてしまつた。ここからのほうがいい写真が撮れるし、よければ式にも参列したらどうかということらしい。みるとラオ博士も、いつのまにか新婦側の席にすました顔で座っている。見ず知らずの他人を息子の結婚式に招き入れるとは普通では考えられないことだろう。しかしこのような底抜けの人のよさを、カンポジアにいると、いつどこででも感じる。

 やがて新婦の入場となり、仏教にのっとった厳粛な儀式が始まった。新しい人生の旅立ちに繋張した二人の表情を見ているうちに、総選挙を終えたカンボジアもまた、新たな旅立ちを始めたのだということを思いだした。これから数多くの困難が二人を待ち受けているように、カンポジアの前途も多難である。この若い二人のように、カンポジアもぜひその困難を乗り切ってほしいと願わずにはいられなかった。

 

塚脇真二(つかわきしんじ)