高窪層および大桑層の凝灰岩サンプリング
2003年1月25日(土):金沢市上涌波地域

 大雪との天気予報がみごとにはずれ朝からいい天気になった.角間キャンパスから小二又,そして釣部をとおって上涌波へ到着する.長時間の雪中行軍を覚悟していた上涌波の林道にも雪がほとんどない.そのおかげですぐに露頭に着くことができた.新4年生の実習で毎年やってくる大桑層の全層準がみわたせる露頭だ.この採集には修士1年の小島淳がつきあってくれた.


 吉岡の足場が残っていたおかげで目的のOM3凝灰岩はすぐに見つかった.1996年に清水徹と西川政弘がそれぞれ別個に見つけた凝灰岩で,大桑層中部ではもっともよい鍵層になる.まず,露頭表面をうっすらと被う植生をはがして凝灰岩の全体を露出させる.凝灰岩の直下には大桑層中部を特徴づける青灰色の細粒砂岩がある.

 この凝灰岩は下半部と上半部とで色や粒径が異なっている.下半部が灰白色で細粒なのに対し,上半部は色がやや濃くなりより細粒になる.下半部にはゆるやかに波打つ葉理がみえる.基底部には中粒から粗粒の白色軽石が密集する.

 試料は下半部と上半部とからそれぞれ採集した.

 続いてOL2a凝灰岩を捜しながら林道を下った.この凝灰岩は1996年に西川政弘が命名したもので,大桑層下部ではもっとも広範囲で追跡される.細粒から泥質といってもいい緻密な凝灰岩のため,風化した露頭面では泥質砂岩からなる大桑層下部との識別がちょっと困難だ.しかし,この凝灰岩もすぐに見つけることができた.

 OL2a凝灰岩の層厚は上限が確認できないものの1メートル強だろう.直下には大桑層下部に典型的な灰白色の砂質泥岩がある.

 凝灰岩の基底部は比較的粗粒といってもいい.微少な白色軽石が散在している.一方,その30センチほど上位になると細粒化するとともに緻密となり平行葉理が観察されるようになる.試料は粗粒の基底部と緻密なその上位の両方から採集した.

 大桑層の両凝灰岩の採集は予想以上に簡単だった.続いて高窪層の凝灰岩の採集に向かう.林道を降りてすぐのところにめざす上涌波凝灰岩が露出していたが,この凝灰岩中のどの層準にあたるのかがわからないため試料は採集しなかった.左手の崖のなかほどに大桑層の下涌波凝灰岩が,そして正面の崖の上あたりにOL2a凝灰岩らしきものが見えていた.

 上涌波から釣部方面へ引き返す途中の右手にひとつの沢があった.なんとなく上涌波凝灰岩の下部が露出していそうな予感がしたためここで車を降りる.田んぼを被う雪の上には動物の足跡があった.

 沢の入り口左手のでっぱりを叩いてみたら,その露頭は予想どおりの上涌波凝灰岩だった.この凝灰岩は吉岡勉が1997年に命名し,卒業論文から修士論文にかけて執拗に追い続けたものだ.高窪層の最上部に位置することが彼の手によって証明されている.採集道具をとりに車へ引き返しているあいだに,小島が凝灰岩の基底からその下の青灰色砂質泥岩にかけての層準を剥ぎだしてくれていた.

 凝灰岩の基底部には粗粒から極粗粒砂大の灰白色軽石が密集している.そこから上位に向かってさらに粗粒になり,基底から約50センチ上位になると長径が10センチに達するほどの卵形の白色軽石が散在するようになる.また,この層準にはやはり卵形の泥岩礫もみうけられる.凝灰岩の基底部から,そして上位の軽石からそれぞれ1点の試料を採集した.

 捜し出すのにもっとも苦労しそうな釣部凝灰岩の採集が最後となった.高窪層に挟在するこの凝灰岩は1997年に吉岡が見つけ出したものだ.上涌波凝灰岩より10メートルほど下位となる高窪層の上部に挟在することが知られているし,高窪層の分布域での連続性もきわめて良好だ.吉岡のルートマップにしたがって雪の沢に入ることを覚悟していたが,釣部へ向かう道路沿いであっさりと見つかった.この純白の凝灰岩は灰色の泥岩中ではよく目立つ.対岸の崖の上のほうには先ほど採集したばかりの上涌波凝灰岩が露出していた.

 下位より軽石に富む黄白色の凝灰岩,細粒で灰白色の凝灰岩,そして純白色で緻密な凝灰岩と成層している.これらの基底から50センチほど下位の砂質泥岩には灰白色の粗粒凝灰岩が挟在している.上位にあって成層したものは吉岡の釣部凝灰岩1に間違いない.下位の凝灰岩は何だろう.1より下にはないはずだが.

 最下位の軽石凝灰岩と最上位の白色凝灰岩とからそれぞれ試料を採集した.それにしても,天候にも露頭状況にも恵まれ予想に反して快適なサンプリングだった.

  • Camera: Casio G. Bros GV-20
  • Lens: Casio Lens 4.6mm f.2.8