トンレサップ湖調査2000−02

2000年8月26日〜9月12日)

(4:9月1〜2日)


9月1日(金)シェムリアプ

 本日も午前6時に起床し,採泥準備や朝食を手早く済ませて午後7時にトンレサップ湖へ出発した.これまでの調査で収穫があった生物チームはホテルに残ってソーティング作業,水産チームの箕田さんも本日も水産関係省庁を訪れるとのことでそれぞれ別行動になった.午前7時半に船着き場へ到着しいつもの観光船で出航する.毎朝のことながら集落周辺の湖面はとても穏やかだった.

 

 

 沖へと向かうにつれてうねりが高くなる.午前8時に観測機器を係留した地点に到着した.ブイがちゃんとあることや監視船がちゃんといることを確認してもう少しだけ船を沖へ進める.一昨日の採泥地点から100mも離れていないのはわかっていたが,そこでとりあえず採泥器を投入した.奥村さんもCTDを投入する.船が揺れるために採泥作業ははかどらない.採泥器が何度も空っぽのまま回収される.ようやく引き上げたのは先の採泥とほとんど同じ堆積物だった.

 

 

 今日も沖での観測をあきらめて船を戻すことにした.すると浸水林の1本に係留された一艘の船には観測中の箕田さんの姿があった.ブンタ君とホート君がアシスタントと通訳を務めている.同乗しているのは地元水産関係機関の担当者らしい.

 

 

 水文チームの遠藤・奥村両氏.荒れる湖のせいかいささか元気がない.それでも箕田さんの観測地点近くで水質を調べる.調査項目は溶存酸素量,透明度,電気伝導度,水温,pHなど.

 

 

 いつもの観光養魚場へ立ち寄る.店の女の子に連れられた遠藤さんが水温計を確認しに行ったため,外で奥村さんといつもの缶ジュースを飲むことにした.何からできているのかわからないフルーツジュースだがなかなかうまい.缶の横には奇妙な漢字が書いてある.「?の道」と最後の2文字だけが読める.最初の一文字は謎のまま.連日の風と波とで仕事がはかどらないせいか,この一文字が「茨(イバラ)」に見えてしかたがなかった.

 

 

 船着き場へ戻る途中でたくさんの観光船とすれ違った.フランスや日本からの観光客だろう.午前9時半に船着き場へ帰り着き,午前10時にホテルに戻った.

 

 

 この日の夜は上智大学の石澤教授らを招いての会食を予定していた.そこで午前中の余った時間でレストランの予約をし,それから招待を予定している方々のところへ案内に回った.昼食は市場近くの欧風レストランへ.皿などの食器は立派なヨーロッパ風ながら,出てきた料理は立派なクメール風.

 この日の午後も「水のあるところ」ということで西バライへ行った.アンコール王朝時代の人造大貯水池だ.かつては半分ほどが陸化していたが,増水のせいか浚渫したのか訪れたときには東側の一部をのぞいてほとんどが水に被われていた.さっそく観光船を一隻借り受けて水上へとこぎ出す.長椅子がふたつならんだ船内は,トンレサップの観光船より調査向きだろう.人工島の西メボンが遠くに見える.

 

 

 まず,西バライ最深部のある北東部へと向かった.96年の調査では水深8mのところがあった.しかし,簡易音響測深器で計測するものの水深5mを越えるところがどこにも見つからない.しかたなく水深4.8m地点で船をとめて採泥.淡灰色の粘土が回収された.奥村さんもここでCTDを投入した.同行した上智大学の研修生たちはいろいろな観測機器や引き上げられた堆積物が面白くてしかたないようすだった.

 

 

 観測を終えたあとで西メボンに上陸する.ここにもクメール遺跡が残されている.生物チームは聖池での水棲生物採集体勢に入った.大高さんが捕虫網の柄で探りを入れる.研修生たちはそのようすを写真に納めている.池の周りには真っ赤なトンボや茶色いカマキリなどがいた.

 

 

 4人の研修生たちは明朝にカンボジアを離れるということだった.しかし,カンボジアで食べ損ねたものがたくさんあるという.「ドラゴンフルーツ」,「ドリアン」,「孵化しかけのゆで卵」,そして「肉まん」の4つ.途中の露店で探したところ「肉まん」以外は見つけることができた.ホテルに戻り河畔のカフェでさっそく賞味してもらう.ドリアンはとても好評.ドラゴンフルーツはまあまあの評価.彼女らがいちばん盛り上がったのは「孵化しかけのゆで卵」だった.ときおり悲鳴があがるものの最終的には「おいしい!」との評価がくだされた.

 

 

 8年前のシェムリアプ川河畔では地元の人々が牛といっしょに水浴びをしていた.ごく最近の河畔ではホテルの屋外バーでおじさんたちがビールをのんでいた.そして現在の河畔では若い女性たちがアフタヌーンティーを楽しむようになった.追い出された「おじさん(注:北海道大学片倉晴雄教授)」の姿も見える(拙稿「変わりゆくカンボジア,中:観光都市シェムリアプ」参照).

 

 

 上智大学の石澤良昭教授と荒樋久雄さん,国連ボランティアの遠藤宣雄さん,そしてアプサラのスン・クンさんを招いて午後7時からバイヨンUレストランで会食.しかし会計や料理の注文などで忙しく何を食べたものやら覚えていない.午後9時に閉会となったがのみ直しということで遠藤さんを誘ってホテル近くのバーで深夜までビール.ホテルに戻ってシャワーも浴びずにベッドに入った.


9月2日(土)シェムリアプ

 この日も朝6時に起床し調査準備を整えてから朝食に降りた.コーヒーを待ちながら外の椰子の葉をながめる.これまでは吹く風に揺れ動いていた葉が今朝は心なしか静かに見えた.風がおさまってきたのかもしれない.ちょっと期待しながら午前7時にホテルを出発.片倉さんはソーティングのためホテルに残り,箕田さんも水産関係者聞き取り調査のため別行動となる.かわってトンレサップ観光に行く3人の日本人女性がワゴン車に乗り込んできた.

 湖へと向かうワゴン車の中で女性旅行者たちと大高さんとの会話が後部座席から聞こえてきた.「ずっとお仕事ですか?」.「はい」.「たいへんですねぇ」.「いえ」.「お洗濯なんかも自分でやってらっしゃるんですか?」.「着替えてない」.「・・・・」.午前7時半に船着き場に到着し彼女たちに別の舟を紹介してすぐに出航.3日前に沈めた係留観測器の回収が第一の目的だ.

 昨日までは連日の風と波とでほとんど仕事にならなかった.そのおかげで「風が強くて波が高い」というクメール語を覚えてしまったほど.水上集落内を船は軽快に走ってゆく.風もそれほど強くはないようだ.波もうねりもおさまった気がする.

 

 

 浸水林に係留されていた監視船からひとりの若者を乗せて船は沖へ向かった.午前8時にオレンジ色のブイが見つかる.若者の助力もあって観測機器をすぐに回収することができた.

 

 

 湖面にうねりは残っていたもののこれまでと比べたら船の揺れはずっと少なかった.そこで係留地点から南西方向へ測線を設定し観測作業に入ることにした.約500m間隔の観測点で次々と湖底堆積物が回収される.奥村さんのCTD観測も順調に進んでいるようだ.クロム山がだんだん遠ざかってゆく.しかし,湖の中央をすぎたあたりになってふいに船が停止した.ガソリンがなくなりそうだという.せっかくここまで来たのにと思いながらもあきらめて船を戻すことになった.まだ午前10時だった.

 

 

 測線上では遠藤さんが水質を調べていた.新作という小型転倒式採水器で底層水が回収される.水はすぐにパックテストにかけられる.機械による測定よりも,パックテストのほうが信頼性が高いとのこと.難点といったら観測者によっては対比表の文字が小さすぎることくらいだろうか.

 

 

 途中で引き返すはめになったとはいえこの日は順調な観測を行うことができた.うねりと風に悩まされる日々が続いただけにうれしい.立ち寄った養魚場のペリカンさえもが歓迎しているような顔つきに見えた.

 

 

 養魚場で遠藤さんが大発見をしかけた.水温計をつるしている紐がたるんでいるという.湖の水位が周期的に変動している可能性(=静振・セイシュ)があるかもしれない.トンレサップは水平方向に対して垂直方向がきわめて小さい.かつて地球物理学講座に所属していたおかげでその可能性は十分に理解できた.しかし,あたりを見回すと養魚場の位置がかわっているようにも思えた.正面に見えるエビを干した住宅は昨日はなかったものだ.念のためGPSで位置を測ってみたところ,養魚場はかつて水温計を設置した地点から200m北に移動していた・・・.

 船着き場に戻り今日のボート代16ドルとブイの監視料130ドルを支払う.それからシェムリアプ市内へ戻りホテルに機材を置いてそのままモノロムレストランで昼食.帰り道にちょっと市場に立ち寄って可愛らしい姉妹が経営するお土産屋さんをのぞいていく.そしてホテルでブンタ君とホート君への一週間分の謝金を支払い,午後2時に現地検討会の開催となった.

 お互いに各チームの調査の進行具合は十分に把握している.そのため検討会の議題は今後の調査予定の立案検討へすぐに移った.十二分のサンプリングができた生物チームと係留観測に成功した水文チームはプノンペンで文献を調べたいとのことだった.プノンペンでの聞き取り調査を予定している水産チームの箕田さんも同意見だ.その結果,十分な調査が終わっていない地質チームだけがシェムリアプに残り,他の方々は9月6日にプノンペンへ戻ることになった.

 検討会のあと片倉さんとともにまた市場に行った.今朝トンレサップまで送っていった3人の日本人女性たちにばったり出会う.折からのスコールもあって彼女らとともに市場のカフェでコーヒーを飲みながら雨をしのぐ.小汚いわれわれの姿は,とても大学教官には見えないとのご指摘をうける.そして小雨をついてホテルに戻ってまずシャワーを浴びた.身を清めたところでようやく採れたサンプルをひとつづつ新しいビニール袋で包み直した.いつもならば退屈な作業なのだが今日に限ってはそれが楽しい.

 この日の夕食はアプサラに務める友人のアン・チュリアンさんに個人的な招待を受けていた.そのため申し訳なくも夕食に向かう他の方々を午後7時にロビーで見送る.午後7時半にチュリアンさん,そして彼の部下でありプノンペン芸大でのかつての教え子でもあるルティ君とともに新しく開店したタイ料理店で夕食となった.比較的甘い味付けのクメール料理や中華料理ばかり食べていたせいか,辛みのきいたトムヤムクンがとても新鮮でうまい.楽しい会話に加えてワインまでごちそうになり酔った勢いで仕事をいくつか引き受けて午後10時にホテルへ戻った.ただ,どんな仕事を引き受けたのか,ベッドに入ったときには忘れてしまっていた.まさかそれが明後日のこととは・・・.