トンレサップ湖調査2000−02

2000年8月26日〜9月12日

(9:9月7日)


9月7日(木)シェムリアプ

 午前6時に目が覚める.今日は湖で採集した試料の密封作業の日だ.朝食前から試料の整理を始めた.調査の前半に湖の状況が悪かったにもかかわらず,ぜんぶで34点の湖底堆積物が回収されている.これを日本に持ち帰るためチャック付きのビニール袋で三重に包み込みビニールテープで丁寧に密封する.文字が見えにくくなっている試料には黒いフェルトペンで試料番号を再記入する.外側まで濡れたビニール袋や痛みかけた袋は新しいものと交換しておく.

 午前8時に朝食をとったあともこの作業を継続する.しかし,暗いホテルの中での作業ははかどらないしだんだんと作業に退屈してもくる.そのとき緑くんにまだアンコール遺跡を見せていないことに気づいた.これまで見せたのはクバル・スピエンへ向かう途中の車窓からだけだし,アンコールワットへ行ったときも西参道だけで引き返してしまった.そこでアンコール遺跡をざっと一回りすることにした.

 午前中のうちにホテルを出発し,まずは上智大学が修復作業を継続しているバンテアイ・クディ遺跡へ向かった.その途中にあるアンコールワットやバイヨンを緑くんは興味津々といった面もちで眺めている.バンテアイ・クディでは上智大学が発掘現場の一般公開をやっていた.担当者の丸井雅子さんらが説明に忙しそうだ.きれいに掘り込まれたピットの中には土層境界線が描かれていた.

 

 

 発掘現場を離れてバンテアイ・クディの中に入る.思い返せばカンボジア調査の第一歩となった遺跡だ.もう8年も前になる.不要な木立が刈り取られたせいか中央祠堂群がよく見えるようになっていた.緑くんは初めて立ち入る遺跡に興味つきないようすだ.ゆっくりとした足取りでひとつひとつの彫刻を丹念に見ている.ここで赤いクーラーボックスをかかえたおばさんからコーラを買った.なぜか観光客相手の値段の半額で売ってくれた.

 

 

 続いてタ・プロームへ行った.遺跡を覆いつくす熱帯植物の生命力に緑くんも驚いたようすだ.さかんにシャッターを切っている.

 

 

 タ・プロームも余分な木々が切り払われて以前より歩きやすくなった.遺跡の周囲に積み上げられた石材がいかにも廃墟といった印象を高める.

 

 

 タ・プローム遺跡には有名なガジュマルの樹がふたつある.ひとつは回廊の屋根から地面へ向けてたくさんの太い根をおろしたもの.もうひとつは周壁の屋根から高々とそびえ立っているもの.ところが周壁にそびえるガジュマルの樹が途中からぽっきりと折れていた.3月に訪問したときにはちゃんとあったはずだ.数ヶ月前の突風で折れたという.観光名所が痛んだことは残念だが折れた部分が遺跡の外側に倒れてくれたのは幸運だった.

 

 

 タ・プロームの参道上で一匹のヘビがカエルを捕まえていた.カエルはもう身動きもしない.頭部が見えないので確かではないが緑色をしているところをみるとグリーンスネークだろうか.写真を一枚撮ってからそろそろと近づいていったら,いきなりカエルを放し牙を剥きだして飛びついてきた.肝を冷やして飛び下がる.

 

 タ・プローム前の食堂で簡単な昼食をとってからタ・ケウに移動した.気に入っている遺跡のひとつだ.しかし,ここでは物売りの子供たちがしつこくていやになる.何も買ってくれないとわかると,こんどは勝手に道案内をして小銭を要求してくる.たまたま一緒になった英国人夫妻も彼らには困っていた.

 

 

 続いてバイヨンを訪れた.ここも気に入っている遺跡のひとつ.手動オーガーで地下地質構造を調べたり石材の配列を記載しつづけたのがもう8年も前になる.あのころのバイヨンはほとんど無人だった.すぐ近くで銃撃戦があったのもここだ.当時と比べるとバイヨンもずいぶん小ぎれいになった.

 

 

 北側からバイヨンの中へ入る.経堂のひとつがきれいに修復されていた.その横をとおってバイヨンの内部に入り階段を上って上部テラスへ入る.ここから見上げる中央祠堂が好きだ.

 

 

 小祠堂が立ちならぶ上部テラス.「バイヨンの微笑」があちこちにみえる.観光客のほとんどいない静かなバイヨンは久しぶりだ.この微笑に見守られながらの調査を思い出す(拙稿「荘厳なクメール遺跡」参照).

 

 

 テラスから降りて第一回廊を歩いた.チャンパ軍との戦闘シーンや庶民の生活が描かれた有名な浮き彫りがある.トンレサップを題材にした浮き彫りも多い.壁のあちこちに魚やワニが描かれている.これらの浮き彫りも緑くんのお気に召したようだ.うっとりとした面もちで飽きもせずに眺めていた.

 

 

 クメール王朝当時の庶民の生活を知ることのできる有名な浮き彫り2枚.闘鶏,そして闘犬を描いたもの.しかし,闘犬の浮き彫りに描かれた「犬」が「イノシシ」に見えてしかたがない.

 

 

 バイヨンを離れてアンコールトムの南大門をくぐる.環壕では雑草除去作業の真っ最中だった.もうしばらくすればアンコールトムの環壕も美しい水に被われることだろう.この環壕でのボーリング中に大きなヒルに吸い付かれたことを思い出した.

 

 

 最後にバケン山に登る.砂岩泥岩互層が露出する急な参道を登り切ったところにプノン・バケン遺跡がある.

 

 

 バケン山から南にクロム山が見える.トンレサップ調査中に毎日見ていた山だ.そして南西の森の中にアンコールワット.

 

 

 真西に西バライが見える.そして北東にはお椀を伏せたうような形のデイ山.この山のすぐ向こう側にクバル・スピエンがある.今回の調査中に訪れたところすべてをバケン山頂から見渡すことができた.現地調査の最終日だけに感慨深いものがある.

 

 

 ホテルに戻ったのは午後4時だった.歩いて市場に行きアセイの店で緑くんのドレスを受け取る.明日バンコクへ発つ彼女は銀細工やTシャツなどの土産を買い込んでいた.銀細工のウサギが気に入ったようだ.1ダースほど買い込んでいた.そしてホテルへ帰る途中にあった欧風カフェのコーヒーで一休み.白人の観光客が多い.道の反対側にならぶ屋台を見なければヨーロッパの街だといってもわからないだろう.

 

 ホテルでシャワーを浴びそれから試料整理作業の続きに取りかかる.午後7時からバイヨン2レストランで上智大学の丸井さんと田代さんとを招いての夕食会.女性どうしの弾けるような会話が炸裂していた.田代さんのバイクに3人乗りでホテルまで送ってもらう.それからふたたび試料の整理作業.緑くんが手伝ってくれる.終わったときには午前零時をとうに過ぎていた.